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うどんの歴史と由来|日本に持ち込んだのは香川出身の・・・

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うどん 歴史 香川 日本

 

日本は世界でも有数の麺好き国です。

ラーメン、パスタ、うどん、そば。

その中でも様々な種類があって、数えきれません。

 

これらの麺たちの中で、実は最も古い麺は「うどん」です。

うどんの誕生が、今の多様な麺文化を生み出すきっかけとなっています。

今回は、うどんの歴史や、独自に発達した讃岐うどんなどについて、追ってみましょう!

というわけで
うどんの歴史と由来|日本に持ち込んだのは香川出身の・・・
をお送りします♪

>>>うどん粉と小麦粉との違い|選び方はコレ!

 

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うどんの発祥と発展

うどんの発祥は実はハッキリとはしていません。

うどんの歴史が古すぎる為ですね。

 

麦の栽培方法や、粉にする道具・技術は、シルクロードを経て、古代中国に渡っています。

小麦粉を水で練ったものは、中国では「餅(ピン)」と言われていました。

ピンは、焼く・揚げる・茹でるといった調理方法が用いられ、「茹でたもの」がその後の麺になります。

 

小麦粉を水で練ることで、成形しやすくなったためでしょう。

日本の奈良時代には策餅(さくべい)がたくさん作られていました。

指でねじって作るものです。

索餅

 

それを次第に、細く長く作るようになります。

そうめんの元祖です。

「手延べそうめん」は、その技術から来ています。

>>>手延べと手打ちの違い

 

さらに、中国では宗の時代に、切麺という手法が誕生します。

こねたものを削るように切りながら、お湯に直接入れていく技法です。

 

切麺

 

現代でも刀削?という名前で販売されていますね。

 

この切麺を日本の「切麦」のルーツとする説もあります。

麦の粉を練ったものを、刃物で切るから「切麦」ですね。

切麺が日本に伝わって、独自に発展して切麦となった……。

というのは一説で、他にも色々な説があります。

 

うどんの由来

そもそも「うどん」という名前がどこから来たのか、これにも諸説あります。

古代中国の団子菓子「混飩(こんとん)」から、「温飩(うんとん)」→「饂飩(うどん)」になった説。

 

また、南北朝時代に表記された「ウトム」が語源という説も。

 

室町時代では切麦を総称して「うどん」とする記述も出てくるようです。

切麦を冷たくして食べるのを「冷麦」と言うようにもなっています。

現代に残っている言葉ですね。

 

その辺りから、そうめん、冷麦、うどんと、麺の太さを区別するようになったのでしょう。

>>>そうめん/ひやむぎ/うどんの違い|『太さ』に隠された大人の事情

 

ちなみに、マルコポーロも麺作りに関わっているとされています。

 

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マルコポーロとうどん

マルコポーロは東方見聞録を記した人です。

その中で、中国に行ってうどんの製法の技術を学び、後にそれがパスタやマカロニになったという説があります。

 

ただ、ヨーロッパの学者でも、マルコポーロが本当に中国に行ったのかどうかの論争があります。

東方見聞録が書かれたのは、1298年ごろです。

中国に行っていなかった派の意見は色々ありますが、おもしろいのは「箸」についてのことです。

 

東方見聞録には、箸の記述が無く、そこが問題のひとつになっています。

箸を見て驚くはずなのに、その記述がない。

しかも、その当時はまだフォークが誕生していなかったのです。

手づかみで食べている国の人が箸を見たら、珍しがって書いてもよさそうなもの、というのが根拠です。

 

また、マルコポーロが帰国した年よりもっと前に、「マカロニ」が出てくる書物があるそう。

東方見聞録の信憑性はともかく、シルクロードを経て、麦の栽培と粉にする技術が広がりました。

それによって、東と西で違う麺文化が形成されたのはおもしろいですよね。

 

香川と讃岐うどんの歴史

うどんは、日本で独特の文化を展開した麺です。

中でもユニークなうどん文化を持っているのが香川県。

その香川の讃岐うどんに、スポットをあててみましょう。

 

讃岐から誕生した空海。

何をした人かはピンと来なくても、名前はご存じですよね。

空海は唐に行き、帰国の際に持ち帰ったものの中に「うどんの製法」があったと言われています。

 

讃岐は、気候が小麦作りに適していて、上質の小麦が採れました。

うどん作りに必要な塩にしてもそうで、製塩が盛んな土地でした。

うどん文化が花開くには、十分な素質をもった土地柄です。

 

発祥当時は麺状ではなく、団子を潰したような形だったそう。

現在の形になったのは1688年~1704年頃で、屏風絵にうどん屋が描かれています。

それくらい讃岐は、うどん発展国だったのです。

 

独特のうどん文化が伺えるのは、香川県のうどんのセルフ店。

全国展開しているお店だと、『花丸うどん』や『丸亀うどん』が有名ですが・・・

県内には、お客さんが自分で湯通しする、完全セルフ店もあります。

 

製麺所がやっているところだと、器や調味料を自分で持ち込んで、麺だけを買うスタイルもあります。

ラーメンや蕎麦には無い風習ですね。

 

それだけ他県よりも、うどんがとても身近にあることがわかります。

 

秋田『稲庭うどん』の歴史

日本におけるうどんの歴史本筋とはズレますが、讃岐うどんとはまた違う、興味深い歴史を持っているうどんもあります。

秋田の稲庭うどんです。

 

稲庭うどんは、独特の製法で作られています。

チルド麺でも稲庭風うどんがありますが、「風」とついていますよね。

 

麺をひねり、縒る(よる)、手延べの製法。

乾燥後の裁断でしか包丁を使わないのが、本来の稲庭うどんです。

麺に空気が入ることで、稲庭うどんならではの、滑らかな舌触りが出ます。

 

稲庭うどんは、現代では有名なうどんですが、昔は一部の人のみが知るうどんでもありました。

というのも、稲庭吉左衛門家の秘伝ともいうべきものだったからです。

一子相伝で伝えられる製法で、門外不出の技。

それゆえに、秋田の藩主への献上品として用いられていたのです。

当時の庶民の口には入らない、特別なうどんでした。

 

その伝統を引き継いだ、佐藤義助の稲庭うどんは、通販サイトでも購入できます。

本家の味わいを楽しんでみるのも良いですね!

 

農家の食事からご当地うどんへ

讃岐うどん、稲庭うどんは、日本三大うどんに数えられているものです。

ですが、香川や秋田以外でも、うどん文化が盛んな地域があります。

それは主に、小麦の栽培や、麺作りに適した土地が関係しています。

小麦を栽培する土地では、農家の食事としてうどんが広まり、生活に溶け込みました。

 

私も子供の頃、祖母の家で古い製麺機を見たことがあります。

小野式という製麺機です。

楽天やAmazonで取り扱われています。

 

ハンドルを回すと、生地をのし状に伸ばせますし、それを麺状に切ることもできます。

家で手打ち、というと凝った料理というイメージがありますが、案外身近に麺作りがあった時代を感じられますよね。

 

その土地の麺の作り方、調味料の特色など、様々なバリエーションがあるのがうどんの魅力です。

今やその数は40種類以上!

うどんは日本人のソウルフードとも言えますね♪

 

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おわりに

日本三大うどんや、たくさんのご当地うどん。

通販で取り寄せられるものもありますし、現地に行った気分で食べるのも楽しいところ。

忙しくて旅行に行けない、なんていう時に、各地のうどんを食べるだけでも気分が上がりますよ!

 



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